月刊日本3月号に岩田温の論説が掲載されました!

山崎行太郎×岩田温 今こそ「江藤淳」を読み返す②

【概要】
岩田は、江藤淳自身も非対称性を意識しつつ、日本文学とユネスコ本部で行った日本文化講演をまとめた『日本文化の対称性と非対称性』を著しており、これは西洋文学との比較を試みた著作だと紹介する。また江藤の「はじめに言葉ありき」への疑問を軸に、混沌を尊ぶ姿勢と「私」への強いこだわりを指摘し、柄谷行人『探求Ⅱ』が指摘する「一般の私」と「この私」の区別を用いて、江藤・漱石における「私」の特殊性を検討する。さらに、脱構築が本質的に混沌への向き合いを回避しがちだと批判し、江藤は矛盾を抱えたまま生き抜いた点で脱構築者とは異なると論じる。加えて、政治の混沌を生きた政治家自身の態度と文学者の姿勢を対比し、江藤の「文学は政治に近くなくてはならない」という考えに触れながら、江藤淳を今こそ読み返す意義を強調している。

【参考文献】
江藤淳「日欧文化の対称性と非対称性――美術と文学と」
江藤淳『戦後と私』
江藤淳『アメリカと私』
ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』
柄谷行人『探求』
フリードリヒ・ニーチェ『悦ばしき知識』
夏目漱石『吾輩は猫である』

【キーワード】
はじめに言葉ありき/混沌と秩序/柄谷行人/日本文化の非対称性/脱構築批判/荘子/夏目漱石/文学と政治/矛盾を生き抜く姿勢

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