考察・保守主義「ルソーはなぜ全体主義(ダークサイド)に落ちたか」
【概要】
ルソーの思想がなぜ全体主義に通じる危険なものとなったのかを、立法者論を軸に論じる。ルソーは既存の政治制度を批判するだけでなく、理想の政治共同体を現実に出現させようとし、『ポーランド統治論』で理想の立法者としてモーゼ、リュクルゴス、ヌマを挙げた。彼らは法律の制定だけでなく、宗教や慣習を通じて人々の精神そのものを作り変えようとした指導者である。モーゼは奴隷であった民族をエジプトから導き出し、民族としての独立と尊厳を重んじた。ヌマは既存の信仰や慣習を利用して秩序を築いた。マキャヴェリが指摘したように、言葉だけでなく強制力も秩序には必要である。しかしルソーは、歴史的な連続性を無視して理性により人間を設計図通りに作り変えようとした。コンスタンは、古代人の自由が政治参加にあり、近代人の自由が私生活の保障にあると区別し、ルソーの思想が個人の自由を侵す危険を指摘した。人工的な人間改造への志向こそが、ルソーの思想の危険性である。
【参考文献】
ニッコロ・マキャヴェリ『君主論』
ニッコロ・マキャヴェリ『ディスコルシ』
バンジャマン・コンスタン『近代人の自由と古代人の自由』
ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』
ジャン=ジャック・ルソー『ポーランド統治論』
【キーワード】
ルソー/立法者/モーゼ/ヌマ・ポンピリウス/全体主義/マキャヴェリ/宗教・信仰/古代人の自由と近代人の自由/バンジャマン・コンスタン/人間の作為的改造
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す㉑
【概要】
江藤淳が『自由と禁忌』の最後で安岡章太郎『流離譚』を取り上げ、土佐の一族の歴史を資料調査して描いた作品として評価した。江藤は安岡を「治者の不在の文学」と見て批判し、遠近法が焦点を結ばず軟体動物のようにふわふわ浮遊する点を問題にした。その原因は、安岡の描く地理に歴史がないことにある。地図には政治家が国際社会での立ち位置を決める歴史が蓄積されるが、『流離譚』は地理が曖昧で、地図をめぐる喜びも悲しみも感じられず、江藤はそこに不満を抱いたという。もう一つの批判は文体論で、江藤は作家は行動すべきだと考え、仮名を多用する安岡の文体を我慢できなかった。江藤は政治を語る覚悟のなさを問題視し、石原慎太郎や大江健三郎にあって安岡や吉行にはなかったと指摘する。史料を集めるだけなら無意味で、史料に基づき人の心を動かす想像力が重要だとする。さらに、占領軍の史料を探し回った江藤は戦後の言論空間の歪みに憤り、日本人が「家畜」と化したと見ていた。
【参考文献】
江藤淳『自由と禁忌』
安岡章太郎『流離譚』
江藤淳『成熟と喪失』
安岡章太郎『海辺の光景』
江藤淳『閉された言語空間』
江藤淳『一族再会』
江藤淳『作家は行動する』
島崎藤村『夜明け前』
【キーワード】
地図/歴史/『流離譚』/治者の不在/文体/政治を語る覚悟/史料/想像力/占領軍/家畜
黙れ!石破茂 岩田 温
考察・保守主義「恐怖!人間改造の野望」
【概要】
ルソーが机上の空論家にとどまらず、現実の国家を改造しようとした思想家であったことを論じる。ルソーは『社会契約論』で理想の国家を説いたが、コルシカ島の人々から憲法の起草を依頼され、『コルシカ国制案』を執筆した。コルシカはジェノヴァの支配下にあり、パオリが独立運動を指導していたが、フランス軍に敗れ、島はフランス領となった。この案は未完であるが、ルソーが現実の立法者になろうとした貴重な資料である。ルソーは人間を政治によって変革できると考え、国民各人の「個別意志」を国のための「一般意志」と一致させることを目指した。『人間不平等起源論』では私有財産を人類の悪の起源と批判しながら、『国制案』では全面廃止は不可能として所有権を厳しく制限する立場に転じた。さらに自給自足を重んじ、商業や交換を敵視して、農業中心の国家を構想した。国家が国民の経済と人格を管理するこの発想は、全体主義に通じる危険な思想であると筆者は結論づける。
【参考文献】
ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』
ジャン=ジャック・ルソ『人間不平等起源論』
『ルソー・コレクション 政治』
ジャン=ジャック・ルソー『ポーランド統治論』
ジャン=ジャック・ルソー『コルシカ国制案』
シェイクスピア『リア王』
【キーワード】
ルソー/コルシカ国制案/社会契約論/立法者/一般意志/人間改造/私有財産(所有権)/自給自足(アウタルキー)/全体主義/パスカル・パオリ(コルシカ独立運動)
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑳
【概要】
中上健次『千年の愉楽』の「路地」が近代の法律や道徳を超えた世界であり、そこに暮らすオリュウノオバが文字ではなく「声」によって記憶を伝える存在である点を指摘する。柄谷行人らポストモダン思想家が中上に注目したのに対し、中上の小説はむしろプレモダンの世界を描いており、江戸期に活躍した本居宣長こそ江藤に最も適した思想家だと論じ、江藤が『近代以前』という著書で近代化以前の日本に関心を寄せていたことを紹介する。また、江藤がフォークナーやウィルソン『愛国の血糊』を通じてアメリカ南部に強い関心を抱き、敗戦国としての日本を「南」に重ねていたと述べる。さらに慶應時代の江藤との個人的な交流を回想し、大学教授職や経済的安定にこだわった江藤の姿に、転落や没落への生理的恐怖を見出す。最後に吉行淳之介『夕暮れまで』を取り上げ、その背後に戦後日本の政治的闇が隠れていると論じている。
【参考文献】
中上健次『千年の愉楽』
江藤淳『近代以前』
江藤淳『自由と禁忌』
江藤淳『閉ざれた言語空間』
エドマンド・ウィルソン『愛国の血糊』
吉行淳之介『夕暮れまで』
吉行淳之介『寝台の舟』
大江健三郎『セヴンティーン』
【キーワード】
プレモダンとポス/トモダン/路地と法・道徳の外部/オリュウノオバと「声」/本居宣長と『近代以前』/フォークナーと「南」/『愛国の血糊』/敗戦国日本と南部/転落への生理的恐怖/吉行淳之介『夕暮れまで』/戦後民主主義の欺瞞
考察・保守主義「社会契約論という愚民思想」
【概要】
ルソー『社会契約論』における「立法者」概念の危うさを検証する。ルソーによれば、大衆は自らの真の利益である「一般意志」を必ずしも認識できない愚かな存在であり、それゆえ人々を正しい方向へ導く超越的な「立法者」が不可欠だとされる。この立法者は個人の自我を社会全体に溶け込ませ、「共同の自我」へと人間を作り変える権能を持つとされ、社会全体のために個人を犠牲にすることも厭わない思想が展開される。続いて、ルソーが理想の立法者の実例として称賛した古代スパルタのリュクルゴスの生涯と統治を、プルタルコス『英雄伝』やマキャヴェリ『ディスコルシ』を引きつつ詳述し、私有財産の否定や子供の共同管理・徹底した集団教育など、全体主義的とも言える統治手法を紹介する。最後に、リュクルゴスが自らの法を永続させるために死を選んだ逸話を通じ、ルソーの立法者論がフランス革命の指導者たちの革命思想に連なる危険性を論じている。
【参考文献】
ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』
ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』
プラトン『法律』
プルタルコス『プルタルコス英雄伝』
マキャヴェリ『ディスコルシ』
【キーワード】
ルソー『社会契約論』/立法者/一般意志と愚民思想/共同の自我/リュクルゴス/スパルタの混合政体/私有財産の否定/集団教育・共同食制度/マキャヴェリ/革命思想への継承
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑲
【概要】
江藤淳が中上健次『千年の愉楽』を絶賛し、大庭みな子『寂寞』と比較しながら「形のないもの」を描く点で両者を高く評価していたと紹介する。中上作品に登場するオリュウノオバという路地の産婆が「声」によって物語を伝承する存在であり、文字による分節化以前の世界を体現していると論じ、江藤がこの「声」の世界に儒教や仏教以前の日本的秩序を見出していたと指摘する。また、中上における血統へのこだわりについて、路地とは血や差別と結びついた土地であり、中上自身が被差別部落出身者としての経験から「血」の問題を描き続けたと分析する。さらに、江藤の批評文体が短く論理的であるのに対し、中上の文章は長く陶酔的であり、ポストモダン思想の影響を受けた柄谷行人らとは異なる文脈で「声」を重視する独自の文体を持っていたと総括している。
【参考文献】
中上健次『千年の愉楽』
大庭みな子『寂兮寥兮』
江藤淳『自由と禁忌』
大江健三郎『セヴンティーン』
大江健三郎『政治少年死す』
【キーワード】
『千年の愉楽』/「形のないもの」/オリュウノオバと声の世界/文字と声の対比/路地と血統へのこだわり/被差別部落出身/治者の世界と法律/ポストモダンとの決定的違い/中上の陶酔的文体/江藤の論理的短文
考察・保守主義「狂気を生む『国民の意志』の論理
【概要】
ルソー『社会契約論』の中核概念「一般意志」の危険性を検証する。まず「一般意志」を「個別意志」や単なる多数決である「投票の数」と区別し、共通の利益を志向する構成員全体の意志として位置づけるルソーの理論を確認しつつ、その具体的な現れ方が不明確であるという根本的欠陥を指摘する。続いてカール・シュミットの議論を援用し、「一般意志」の空白を埋めるものとして独裁的指導者が現れやすいこと、実際にワイマール共和国崩壊後のナチス・ドイツにおいて同様の論理が機能した歴史的事実を示す。さらにロベスピエールが「一般意志」を掲げてフランス革命の恐怖政治を正当化し、共同体の危機を口実に独裁権力を無期限に容認する論理を導いた経緯を詳述し、福田歓一の解釈も参照しながら、「一般意志」という抽象的概念が容易に全体主義や恐怖政治に転化する危うさを警告している。
【参考文献】
ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』
カール・シュミット『現代議会主義の精神史的状況』
福田歓一『ルソー』
【キーワード】
ルソー『社会契約論』/一般意志/個別意志・全体意志/カール・シュミット/ワイマール共和国/ナチス・ドイツ/ロベスピエールと恐怖政治/独裁の正当化/中間組織・自治団体/福田歓一の解釈
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑱
【概要】
江藤淳が大庭みな子『寂寞』を高く評価し、大庭が学生時代からアメリカ文学に親しみ、老子や道教哲学にも通じていた点で江藤と共通の関心を持っていたと紹介する。江藤自身が老子の「道」に若い頃から関心を寄せていた経緯に触れ、谷崎潤一郎『鍵』と大庭『寂寞』を比較しながら、谷崎が乱倫と荒廃を通じて秩序崩壊後の世界を描いたのに対し、大庭は名づけえない混沌そのものを描いたと論じ、江藤がこの「名前のない世界」に強く共感していたと指摘する。さらに江藤の「治者」概念を援用し、統治や秩序を失った世界を描く文学の意義を論じつつ、ニーチェの「三様の変化」やドストエフスキー『罪と罰』を引きながら、混沌から新たな秩序と創造性が生まれる過程にこそ人間の本質があると述べる。最後に、暗黒や死を見つめることによってのみ人間は真の秩序を回復しうるという江藤的な問題意識を確認している。
【参考文献】
大庭みな子『寂兮寥兮』
大庭みな子『三匹の蟹』
谷崎潤一郎『鍵』
江藤淳『自由と禁忌』
老子『老子道徳経』
フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはこう語った』ドストエフスキー『罪と罰』
【キーワード】
大庭みな子/『寂寞』/老子の「道」/谷崎潤一郎/『鍵』/名づけえない混沌/治者の文学/秩序と荒廃/ニーチェ/「三様の変化」/ドストエフスキー/『罪と罰』/荒廃からの創造/暗黒と死の凝視
