考察・保守主義「国家は何のためにあるか」
【概要】
本稿は「国家は何のためにあるか」と題し、ホッブズの国家論における国防の論理的位置づけを検証する。まずロバート・ケーガンのネオコン的国際政治観と、カントの「永遠平和のために」との対比を通じ、国際社会における「自然状態」の扱いを整理し、ホッブズ自身が国際政治について明確に論じなかった点を指摘する。続いて『リヴァイアサン』を精読し、国家が国民の生命と安全を守るために成立するという論理を確認しつつ、外敵からの侵略に対する国防義務がホッブズの社会契約論において意外にも希薄であることを詳しく検討する。特に「暴力的な死への恐怖」を国家設立の根拠としながら、兵士に臆病さを理由とした戦線離脱の権利を認めるホッブズの論理が、国家防衛の責務と自己保存の権利との間で矛盾を孕んでいることを示す。最後に、ホッブズが結局「貴族の徳」を全面否定しきれず、勇気という徳の必要性を認めざるを得なかった逆説を、バークとの対比も交えて論じている。
【参考文献】
ロバート・ケーガン『ネオコンの論理』
イマヌエル・カント『永遠平和のために』
トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
レオ・シュトラウス『ホッブズの政治学』
【キーワード】
ホッブズ/『リヴァイアサン』
国家防衛の論理/暴力的な死への恐怖/臆病と戦線離脱の権利/貴族の徳/国際政治とネオコン/カント/永遠平和のために/自然状態/社会契約論の矛盾
