岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す④
【概要】
江藤淳が小林秀雄をめぐって「政治をめぐる転向」と「文体論をめぐる転向」という二つの転向を主張していた点を整理し、自身は小林秀雄の「存在」の中で反省しない姿勢を鋭く追及したと語る。江藤は『小林秀雄』において、小林の思想と実体の関係を徹底的に問い、「作家は行動する」を書いた頃から一貫して「存在」の問題にこだわっていたと指摘する。特に『ひかりごけ』評をめぐり、江藤が武田泰淳との対談で人肉嗜食という行為を端的にイメージ化する小説の手法を高く評価していたことに触れ、江藤にとって「存在」とは「我在り、しかしなにゆえに」という根源的な問いであったと論じる。さらに、小林秀雄の翻訳や近代化論を通じて、日本の開化が「上滑り」であったという小林の指摘を江藤も継承しつつ、戦後日本において「存在」を追求できるかどうかという課題こそが江藤淳を貫く思想の核心だったと総括している。
【参考文献】
江藤淳『小林秀雄』
江藤淳『作家は行動する』
武田泰淳『ひかりごけ』
小林秀雄『Xへの手紙』
夏目漱石『現代日本の開化』
小林秀雄『近代絵画』
小林秀雄『ドストエフスキイの生活』
【キーワード】
小林秀雄と江藤淳/二つの転向(政治・文体)/「存在」への追求/『ひかりごけ』/作家は行動する/近代化と上滑り/翻訳と近代絵画論/武田泰淳/ドストエフスキー論
