岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す㉑
【概要】
江藤淳が『自由と禁忌』の最後で安岡章太郎『流離譚』を取り上げ、土佐の一族の歴史を資料調査して描いた作品として評価した。江藤は安岡を「治者の不在の文学」と見て批判し、遠近法が焦点を結ばず軟体動物のようにふわふわ浮遊する点を問題にした。その原因は、安岡の描く地理に歴史がないことにある。地図には政治家が国際社会での立ち位置を決める歴史が蓄積されるが、『流離譚』は地理が曖昧で、地図をめぐる喜びも悲しみも感じられず、江藤はそこに不満を抱いたという。もう一つの批判は文体論で、江藤は作家は行動すべきだと考え、仮名を多用する安岡の文体を我慢できなかった。江藤は政治を語る覚悟のなさを問題視し、石原慎太郎や大江健三郎にあって安岡や吉行にはなかったと指摘する。史料を集めるだけなら無意味で、史料に基づき人の心を動かす想像力が重要だとする。さらに、占領軍の史料を探し回った江藤は戦後の言論空間の歪みに憤り、日本人が「家畜」と化したと見ていた。
【参考文献】
江藤淳『自由と禁忌』
安岡章太郎『流離譚』
江藤淳『成熟と喪失』
安岡章太郎『海辺の光景』
江藤淳『閉された言語空間』
江藤淳『一族再会』
江藤淳『作家は行動する』
島崎藤村『夜明け前』
【キーワード】
地図/歴史/『流離譚』/治者の不在/文体/政治を語る覚悟/史料/想像力/占領軍/家畜
