月刊正論5月号に岩田温の論説が掲載されました!

考察・保守主義「左からも右からも愛された怪物」

【概要】
社会契約論の系譜においてホッブズが左右双方から評価される稀有な政治哲学者であることを論じる。ロールズが『正義論』でホッブズを重視し、リベラリズムの理論構築に影響を受けた一方、保守思想家バークも『リヴァイアサン』を高く評価しており、ホッブズが党派を超えて偉大な思想家と見なされてきた経緯を確認する。続いて『リヴァイアサン』における「自然状態」論を検討し、ロールズがその虚構性を認めつつも理論構築上必要な装置として活用したことを示す。さらにホッブズの自然法における「平和」と「自由」の二命題を紹介し、平和獲得のためには一定の自由を放棄せざるを得ないという現実主義的な人間観・国家観を論じる。カール・シュミットやオークショットの評価にも触れつつ、道徳を国家秩序維持のための手段とみなすホッブズの合理主義的政治哲学の本質を浮き彫りにしている。

【参考文献】
ジョン・ロールズ『正義論』
エドマンド・バーク『フランス革命の省察』
トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
カール・シュミット『レヴィアタン』
ジョン・ロールズ『政治哲学史講義』

【キーワード】
ホッブズ/『リヴァイアサン』/自然状態/社会契約論/ロールズ『正義論』/リベラリズム/平和と自由の二命題/現実主義的人間観/道徳=秩序維持の手段論

月刊日本4月号に岩田温の論説が掲載されました!

岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑭

【概要】
岩田は、江藤淳が高校生の頃サロイヤンの短編小説を翻訳した経験に触れ、江藤の文体はすでにこの翻訳行為の中に「作家は行動する」の萌芽が見られると指摘する。『帰りたいけど帰れない』というテーマについては、夏目漱石『道草』や『帰ってきた男』を挙げ、江藤の描く故郷が単なる懐かしさの対象ではなく、拒否と憧憬が同居する両義的な場所であることを論じる。また、『閉ざされた言語空間』を踏まえ、江藤が占領軍による憲法改正の正体を暴きながらも、故郷である戦後日本そのものには帰れないという構造を持っていたと分析する。さらに『一族再会』における「死を意識する」姿勢に触れ、江藤にとって故郷に錦を飾ることは死や絶対的正義と結びついた行為であり、二・二六事件の青年将校のような「偉い人」の死生観とも通じると述べ、江藤の文学の本質は死にあり、幼少期からその主題にこだわり続けた作家だったと総括している。

【参考文献】
ウィリアム・サロイヤン『故郷へ帰る』
江藤淳『作家は行動する』
江藤淳『閉ざされた言語空間』
江藤淳『一族再会』
江藤淳『フロラ・フロラアヌと少年の物語』
夏目漱石『道草』
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

【キーワード】
サロイヤン/「作家は行動する」/故郷への両義性/帰りたいけど帰れない/『閉ざされた言語空間』/憲法改正への視座/『一族再会』と死/二・二六事件と正義/死を意識する文学/米川正夫

大阪で公開収録を行いました!

令和8年3月7日(土)に大阪で公開収録を行いました。
「勇気の研究」をテーマに戦前、戦後の日本史を二回に分け、第一部は戦前の日本を取り扱いました。講演会とは異なり3時間の収録になりましたが、たくさんのお客様にご参加いただきましたこと、厚く御礼申し上げます。
第二部は4月11日(土)に開催予定でございます。詳細が確定次第ご案内申し上げます。

月刊正論4月号に岩田温の論説が掲載されました!

考察・保守主義「それでも国家が好き」

【概要】
国家否定を志向したかに見えるルソーが、実は国家の起源を熱心に構築しようとした矛盾を検証する。まず、政治哲学において国家の存在を無視することは政治論そのものを否定するに等しいとし、ホッブズの『リヴァイアサン』における自然状態論を参照しつつ、ルソーもまた社会契約論という枠組みで国家成立を説明しようとした点を確認する。続いて『人間不平等起源論』を中心に、私有権の発明と法律の制定が人類に不平等と隷従、そして不幸をもたらした過程をルソーが四つの時代区分で描いたことを詳述し、自己保存の感情や「憐れみ」の情に基づく自然人像、文化・文明が人間を堕落させるとする議論を紹介する。最後に、ルソーが自然法と実定法の矛盾に自ら気づきながらも国家の理想像を描き続けた点、ジュネーヴ共和国への献辞に託した理想と現実の乖離を指摘し、ルソー思想の本質的な矛盾を浮き彫りにしている。

【参考文献】
トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』
ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』

【キーワード】
ルソー/国家否定と国家構築の矛盾/ホッブズ/『リヴァイアサン』/社会契約論/『人間不平等起源論』/私有権の発明/自然状態・自然人/憐れみの感情/文明堕落論/自然法と実定法の矛盾

月刊日本3月号に岩田温の論説が掲載されました!

岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑬

【概要】
江藤の祖父・安太郎が海軍兵学校を首席で卒業した優秀な軍人であり、御前講演で「我皇帝陛下」という呼称を用いていたことに触れ、当時の天皇観が今日とは異なる位置づけだったと指摘する。また祖父・民三郎が「馬鹿者!この戦争は負けだぞ!」と激怒したエピソードを紹介し、江藤が「存在の闇」に踏み込み、祖父の怒りや無念を丁寧に描き出したことを評価する。さらに、江藤淳が民三郎の故郷を訪ね、江藤なりの取材やノンフィクション的手法で文章を書いていた点に触れ、田中角栄が小林秀雄に評価された「生きている文体」を持っていたのに対し、田中の演説には「私」という言葉がまったくなかったと指摘し、政治家の言葉と文学者の言葉の違いを論じる。最後に『一族再会』が第一部で完結し、第二部が書かれなかった理由について、江藤にとって「私」を探究する場所が閉じられてしまったからだろうと考察している。

【参考文献】
江藤淳『一族再会』
江藤淳「帰りなん、いざ」
江藤淳『季刊芸術』

【キーワード】
天皇と「私」/「馬鹿者!この戦争は負けだぞ!」/田中角栄/政治家の言葉と「私」の不在/『一族再会』/「帰りなん、いざ」/ノンフィクション的手法