・維新共同代表・藤田文武×岩田温/保守するための解散総選挙
・考察・保守主義「思想家ルソーの建前と本音」
【概要】
ルソーの言説と実際の行動・本音との乖離を検証する。まずレオ・シュトラウスの「秘教的教え」論を手がかりに、思想家のテキストを読む際には表向きの主張と行間に隠された真意を区別すべきだとする読解方法を提示する。続いて『人間不平等起源論』の献辞でルソーがジュネーヴ共和国を賛美しつつも、実際には理想の共和国像とジュネーヴの現実が乖離していたことを、ルソー全集所収の書簡や献辞本文を通じて詳細に検討する。さらに『ダランベール氏への手紙』において、ルソーが演劇を「文明の堕落」として否定しながらも、自らは劇作家として活動していた矛盾を指摘し、革命を鼓舞しつつも実際には革命の惨状を知れば否定的だったであろう可能性にも言及する。ジュネーヴ共和国が体現すべき六つの理念を列挙しつつ、ルソーの思想の建前と本音の複雑な関係を浮き彫りにしている。
【参考文献】
レオ・シュトラウス『迫害と著述の技法』
ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』
ルソー「ダランベール氏への演劇に関する手紙」
「ペルドリオ(ジュネーヴ共和国牧師)宛の手紙」
【キーワード】
ルソー/レオ・シュトラウス/秘教的教え(エソテリックな読解)/『人間不平等起源論』/ジュネーヴ共和国/建前と本音の乖離/ダランベールへの手紙/演劇批判と劇作活動の矛盾/理想の共和国像/革命への両義的態度
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑫
【概要】
江藤淳が学術論文とは異なり「私」という言葉を用いた著作を数多く書いてきたことを指摘し、江藤にとって「私」とは時代や歴史、社会に投影されるものであり、単なる自叙伝的関心ではないと論じる。『一族再会』を取り上げ、江藤が母方の祖母や祖父の生涯を通じて薩長史観に対する反発を描いていた点に注目し、勝者の記録である「正史」からは捉えられない「存在の闇」を、敗者側である佐賀・薩摩の視点から掘り起こそうとした試みだと評価する。また、江藤が三島由紀夫と対比しつつ、自らのルーツを探る作業を続けていたことを紹介し、小林秀雄と中原中也の対比についても、江藤が小林の都会的洗練と中原の望郷的な感性を意識しながら自らの文業を形成していたと指摘する。江藤の「私」の探究は、単なるエッセイの域を超え、歴史や伝統との対話そのものだったと総括している。
【参考文献】
江藤淳『一族再会』
江藤淳『小林秀雄』
中原中也『山羊の歌』
【キーワード】
『一族再会』/「私」の探究/存在の闇/佐賀の乱/薩長史観への反発/敗者からの歴史/小林秀雄/中原中也都会と望郷/歴史と伝統への対話
・考察・保守主義「狂気の思想家ルソーの妄想」
【概要】
ルソーの『人間不平等起源論』を中心にその思想の根本的な誤りを検証する。ルソーが想定した「自然状態」や理想化された「自然人」は歴史的事実に基づかない妄想であり、性欲や睡眠欲のみを持ち家族すら形成しない動物的人間像は破綻していると指摘する。さらに「所有こそが諸悪の根源」とするルソーの文明否定論を、S・スマイルズ『自助論』や勤勉・所有権を肯定する常識的知見と対比し、その反知性的性格を批判する。ヴォルテールの反論やポル・ポトによるカンボジアでの文明破壊・大量虐殺の実例を挙げ、ルソーの思想が全体主義的な破壊衝動に直結する危険性を論じる。最後に、ルソーが人間を「善でも悪でもない」憐みの情の存在とみなした点はキリスト教的道徳や文明を全否定するアナーキズムに帰結し、ロベスピエールら革命指導者に受け継がれたことを示している。
【引用文献】
ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』
ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』
サミュエル・スマイルズ『自助論』
ステファヌ・クルトワ『共産主義黒書』
バーナード・デ・マンデヴィル『蜂の寓話』
トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
【キーワード】
ルソー/『人間不平等起源論』/自然状態・自然人/所有権の否定/文明否定論/ポル・ポトとカンボジア/憐みの情/アナーキズム的破壊衝動/ロベスピエールへの継承/反知性主義的人間観
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑪
【概要】
江藤淳と吉本隆明の対談「吉本隆明/江藤淳 全対話」を巡り、両者ともに家族や友人の倫理と政治の論理を混同せず、対立を避けようとする姿勢に共通点があると指摘する。江藤の対談における「私は保守です」という発言と、吉本の「私は左翼です」という発言を対比しつつ、二人の対話の柔らかさこそ「海は青い」を成立させる基盤だったと論じる。またニーチェの「ラクダ・ライオン・小児」の比喩を引きながら、丸山眞男らの戦後民主主義的知識人がライオンの段階に留まり、新しい価値を創造する小児の段階に至れなかったことを批判する。さらに、GHQの検閲研究における江藤の先駆性を強調し、丸山眞男の分析が江藤に比べ単純だったと述べる。最後に、暴力と秩序をめぐって、江藤と吉本がともに暴力を全面否定せず、秩序形成における暴力の不可避性を直視していた点、そしてドストエフスキー『罪と罰』を通じて人間の暴力性や絶望に向き合う姿勢に触れ、江藤の思想の奥深さを称賛している。
【参考文献】
江藤淳・吉本隆明『吉本隆明江藤淳全対話』
江藤淳『閉ざされた言語空間』
江藤淳「わが友ヒットラー」フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはこう語った』ドストエフスキー『罪と罰』
永山則夫『無知の涙』
【キーワード】
吉本隆明/海は青いか/ラクダ・ライオン・小児/丸山眞男/GHQ検閲研究/暴力と秩序/天皇制と暴力/『罪と罰』/人間の暴力性/自己懐疑と自己欺瞞
