・黙れ!橋下徹
・考察・保守主義「なぜ近代にこだわるのか」
【概要】
大量虐殺を招いた原動力としてルソーの近代的自我崇拝を再検討する。まずチャールズ・テイラーの『自我の源泉』を手がかりに、キリスト教的原罪や呪縛からの解放を志向する「近代」概念そのものが西洋思想史の産物であることを示し、ルソー『新エロイーズ』を、キリスト教の性道徳や結婚制度への反逆、自然を神格化する思想の書として読み解く。続いて日本の防人歌や戦没学生の遺した歌を引用し、近代的自我とは異質な、家族や祖国への献身を美しいとする日本古来の精神を対置する。さらにハイデガーの政治参加やナチス加担にも触れつつ、近代思想の危うさを論じ、最後にマキャヴェリの宗教統治論を援用しながら、ルソーの著作が革命家の「正義」への過信を生み、大量虐殺を正当化する土壌となった構造を明らかにしている。
【参考文献】
チャールズ・マーグレイヴ・テイラー『自我の源泉』
ジャン=ジャック・ルソー『新エロイーズ』
『保田與重郎全集』第十七巻
「あづさゆみ」
『大東亜戦争詩文集』
マルティン・ハイデッガー『形而上学入門』
『旧約聖書』
ニッコロ・マキァヴェッリ『ディスコルシ』
【キーワード】
近代的自我/チャールズ・テイラー『自我の源泉』/ルソー『新エロイーズ』/キリスト教への反逆/自然崇拝/特攻隊/ハイデガー/マキャヴェリの宗教統治論/正義への過信/イデオロギーと大量虐殺
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑩
【概要】
江藤淳が三島由紀夫『鏡子の家』を石原慎太郎『太陽の季節』に重ねながら批判したエッセイに触れ、三島自身も同作の失敗を認めていたと紹介する。また三島の自決について、江藤が『ごっこ』と評した点を巡り、小林秀雄との対談で二人がまったく異なる評価を示していたと指摘し、江藤の批判が三島の作品にある「美しさ」を否定するものではなく、むしろその美的完成度と現実生活との乖離を鋭く突いたものだったと論じる。さらに、江藤自身が靖国懇話会に参加するなど政治参加を実践していた点を挙げ、三島の自決を短いスパンでは「下策」、長いスパンでは歴史を動かす行動として評価が変わり得ると述べ、西郷隆盛の西南戦争を100年後の視点で評価した『南洲残影』を引き合いに、歴史的行為の意味は時間の経過とともに変わることを強調している。最後に、文学者は自殺しうるが学者は自殺しないという違いに触れ、学者は歴史や資料と対決し続けるべき存在だと結論づけている。
【参考文献】
江藤淳「ヒットラーのうしろ姿」
江藤淳『閉ざされた言語空間』
江藤淳『南洲残影』
三島由紀夫『鏡子の家』
三島由紀夫『金閣寺』
三島由紀夫『憂国』
三島由紀夫『わが友ヒットラー』
石原慎太郎『太陽の季節』
【キーワード】
『鏡子の家』批判/石原慎太郎/三島の自決/小林秀雄/靖国神社参拝問題/『閉ざされた言語空間』/『南洲残影』/西郷隆盛/短期と長期の政治的見方/文学者と学者の自殺観
考察・保守主義「大量殺戮者はなぜ生まれる」
【概要】
イデオロギーという純粋な理念への傾倒が大量虐殺を招く危険性を論じる。アンリ・レヴィのイデオロギー批判を引きつつ、共産主義・ナチズムと並び、ロベスピエールが崇拝したルソーの思想がジャコバン派の粛清の源泉であったと指摘する。ルソーの生涯を、告白録に描かれたマゾヒズムや女性遍歴、自らの五人の子を孤児院に送った行為なども交えて詳述し、その美徳への異常な執着と自己神格化が、バークによる批判とも対比される。さらに『社会契約論』の抽象的な人間観・社会観が、現実の個人を軽視し全体を優先する思想へと繋がり、ロベスピエールの大量虐殺の理論的支柱となったことを論じる。最後に、福田恆存ら日本の知識人がルソーやロベスピエールに親和的だった「狂気」を批判し、政治を有徳な理念の実現の場とみなす発想自体の危うさを警告している。
【参考文献】
ベルナール=アンリ・レヴィ『危険な純粋さ』
ピーター マクフィー『ロベスピエール』
ジャン=ジャック・ルソー『告白』
ジャン=ジャック・ルソー『エミール』
ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』
ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』
エドマンド・バーク『バーク政治経済論集』
【キーワード】
イデオロギーと大量虐殺/ルソー/ロベスピエール/『社会契約論』/『告白』/自己神格化/マゾヒズム的傾向/孤児院に子を送った逸話/エドマンド・バーク/全体主義的人間観/福田恆存/日本知識人の狂気
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑨
【概要】
江藤淳が三島由紀夫自決をめぐる小林秀雄との対談「歴史について」を、決闘に等しい厳しい対談であったと評し、三島の自決を病気とする小林に対し、堺事件や松陰・松陰事件を引き合いに反論した江藤の粘り強さを評価する。江藤の「ごっこ」論については、三島の『豊饒の海』における人工的なリアリティ構築を批判した鋭い視点だったとしつつ、大江の三島批判はイデオロギー的な単純化に陥りがちだと指摘する。さらに、大江や小林秀雄との対比を通じ、江藤の批評が一般的には合理性を欠くように見えても、歴史的事実に肉薄する迫力を持っていたと語る。晩年江藤が『南洲残影』で西郷隆盛に自らを重ね、三島とは距離を置きつつも割腹という現実に生涯こだわり続けたことを、政治的意義の変化とともに紹介している。
【参考文献】
江藤淳・小林秀雄「歴史について」『諸君!』1971年7月号
江藤淳「『ごっこ』の世界が終ったとき」『諸君!』1971年1月号
江藤淳『南洲残影』
三島由紀夫『豊饒の海』
三島由紀夫『憂国』
大江健三郎『セヴンティーン』
大江健三郎『政治少年死す』
【キーワード】
「ごっこ」論/三島由紀夫の自決/小林秀雄/「歴史について」/大江健三郎/『セヴンティーン』/楯の会/人工的リアリティ/割腹という現実/『南洲残影』と西郷隆盛/江藤淳
・特集≪私が考える救国内閣 理想の首相は誰?≫
・考察・保守主義「人は政治のみに生きるのか」
【概要】
本稿は「人は政治のみに生きるのか」と題し、革命政治が国家を絶対化し人間から悲しみや宗教を奪う危険性を論じる連載第七回である。冒頭で岡潔の悲しみ論を引き、政治や理性のみに還元できない人間の情緒に注目したうえで、フランス革命下の理性崇拝運動や「理性の祭典」を取り上げ、エベール派らが無神論を国是化し既存の宗教的・道徳的価値観を破壊した経緯を示す。続いてロベスピエールが無神論を放置すれば秩序が崩壊するとして「最高存在の祭典」を創始し、革命そのものを新たな宗教=「革命宗教」に仕立てた矛盾を、アーレントやマキャヴェリの立法者論、旧約聖書『ヨブ記』などを援用しつつ検討する。さらにポル・ポトやソ連の事例を通じ、国家が家族の絆や個人の信仰よりも優先される全体主義の論理を批判し、革命政治が個人の悲しみや宗教心を圧殺し人間性を歪める危うさを警告している。
【参考文献】
岡潔『情緒と日本人』
ハンナ・アーレント『過去と未来の間』
ミシェル・ヴォヴェル『革命詩人デゾルグの錯乱』
オーランドー・ファイジズ『囁きと密告』
『論語』
『旧約聖書 ヨブ記』
ニッコロ・マキァヴェッリ『ディスコルシ』
【キーワード】
政治と悲しみ/理性の祭典/エベール派/無神論運動/ロベスピエール/最高存在の祭典/革命宗教/アーレント/立法者論/全体主義と家族の絆/『ヨブ記』/マキャヴェリ
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑧
【概要】
特攻隊員の遺書に「感謝」や「任務」「使命」といった言葉が頻出することを挙げ、特攻を美化するのではなく、彼らが誇りを胸に行動していたことを理解すべきだと述べる。また江藤淳が占領軍による検閲研究の先駆者であり、『閉ざされた言語空間』などを通じてGHQの検閲が戦後民主主義の形成にいかに深く影響したかを実証的に論じた点を高く評価し、この分野が江藤以前にはほとんど手つかずだったと指摘する。さらに福田恆存との違いに触れ、江藤が検閲下にあっても「静かなる空」といった詩を通じて執筆し続けた事実を紹介し、日本の戦後文学が不毛だったのではなく、検閲や憲法の問題を語らずにいたことが最大の欠陥だったと論じる。また大西郷遺訓や大イスラエル主義といった歴史的視座を交えつつ、経験だけを絶対視する福田の姿勢を批判し、江藤の実証的な研究態度の価値を強調している。
【参考文献】
江藤淳『閉ざされた言語空間』
江藤淳『落葉の掃き寄せ』
江藤淳『忘れたことと忘れさせられたこと』
江藤淳『一九四六年憲法』
河盛好蔵「静かなる空」
『南洲翁遺訓』
【キーワード】
特攻隊員の遺書/検閲研究の先駆者/『閉ざされた言語空間』/GHQと戦後民主主義/検閲/河盛好蔵/福田恆存/戦後文学/一九四六年憲法/実証的研究態度
・参政党よ、本物であれ
・考察・保守主義 サド侯爵のエロい無神論
【概要】
フランス革命期における無神論と道徳崩壊の関係をサド侯爵の思想を通じて論じる連載第六回である。まず久米邦武『米欧回覧実記』を引きつつ、西洋文明の根底にキリスト教信仰があるとの久米の指摘を紹介し、革命が神なき時代を開いたことの意味を問う。次にフランス革命下の司祭たちによる無神論の説教や、革命が神と王政の双方を破壊したことを示し、澁澤龍彦の解説を手がかりに、サドが『閨房の哲学』において自然に従うことを口実に性的放埒、近親相姦、殺人までも正当化する論理を詳述する。サドの思想は自由主義を極限まで推し進めた末に、道徳や法律を全否定する専制主義的な支配欲へと反転することを示し、ドルマンセやロベスピエールら革命家の言動とも重ね合わせながら、理性のみに依拠した無神論・自由主義が狂気と暴力を招く危険性を、チェスタトンの議論も参照しつつ警告している。
【参考文献】
久米邦武『米欧回覧実記』
ジョルジュ・ミノワ『無神論の歴史』
マルキ・ド・サド『閨房の哲学』
G・K・チェスタトン『正統とは何か』
【キーワード】
サド侯爵/『閨房の哲学』/無神論/フランス革命/反キリスト教/自然法/近親相姦/殺人の正当化/専制主義への転化/久米邦武/西洋文明とキリスト教/チェスタトン
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑦
【概要】
江藤淳『成熟と喪失』が父性原理と母性原理という二つの軸から日本近代文学を論じた著作であり、「アメリカと私」から帰国した江藤が父を捨てた医師の話をイタリアから移民した母の物語と重ね合わせて考察していると紹介する。また庄野潤三『夕べの雲』評における「治者」概念に触れ、江藤が家長として家族の生命と生活を守り抜く者を「治者」と規定し、統治とは民衆の犠牲の上に成り立つ厳しい営みであるという認識を示していたと指摘する。さらに三島由紀夫や蓮田善明との関係を通じ、江藤が西郷隆盛や三島の自裁に見せた悲壮な調べに心を動かされていた点、そして上野千鶴子らフェミニズム批評との対談における江藤の柔軟さと知的誠実さを高く評価し、江藤の批評には常に知性と勇気が同居していたと総括している。
【参考文献】
江藤淳『成熟と喪失』
江藤淳『アメリカと私』
小島信夫『抱擁家族』
庄野潤三『夕べの雲』
江藤淳『南洲残影』
上野千鶴子・富岡多恵子・小倉千加子『男流文学論』
三島由紀夫『豊饒の海』
【キーワード】
『成熟と喪失』/父性原理と母性原理/「治者」の文学/庄野潤三/三島由紀夫/西郷隆盛/家族と統治/上野千鶴子/フェミニズム/文壇の喪失/知性と勇気
考察・保守主義「正義を求める独裁者」
【概要】
正義や理念への純粋な執着が独裁と恐怖政治を生む逆説を論じる連載第五回である。まず三島由紀夫の戯曲「わが友ヒットラー」を糸口に、権力とは自己目的化した暴力の行使ではなく、正義を実現するための決断であるとする政治学の視点を示す。続いてロベスピエールを取り上げ、彼が金銭欲や権力欲に無頓着な「有徳な殺人鬼」であり、清廉潔白であるがゆえに敵を容赦なく粛清した「無思想の権力」の持ち主だったことを、E・H・カー、ツヴァイク、マクフィーらの研究を踏まえて描く。エベールやダントンら左右両派の粛清、恐怖政治を法によって正当化した論理、さらにロベスピエールの後継者フーシェの変節ぶりにも言及し、思想の一貫性こそが全体主義を生む土壌となったこと、翻ってスターリンら失敗した独裁者との対比から、ロベスピエールの政治思想が現代にも警鐘を鳴らしていることを論じている。
【参考文献】
三島由紀夫『決定版 三島由紀夫全集』第二十四巻「わが友ヒットラー」
E・H・カー『ドストエフスキー』
シュテファン・ツヴァイク『ジョゼフ・フーシェ』
ピーター・マクフィー『フランス革命史』
【キーワード】
正義と権力/三島由紀夫/ロベスピエール/有徳な殺人鬼/無思想の権力/恐怖政治/人民の敵/ジョゼフ・フーシェ/全体主義の起源/スターリン
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑥
【概要】
江藤淳のアメリカ論を本格的に論じたいとして『アメリカと私』を取り上げ、江藤が20代でプリンストン大学ロックフェラー財団の研究員として留学した経緯や、明治以来アメリカに留学した日本人が抱く屈折した対米意識を紹介する。江藤は加藤周一の「気取り」を許せず、日本語を大切にしながらアメリカ人になろうとする者への批判を展開したと述べ、同時に自身は国際文化振興会編『古典日本文学』の英訳講座を担当するなど、日本文学をアメリカに紹介する実践的努力を惜しまなかったと指摘する。さらに、江藤が原爆投下や沖縄への冷淡さといった日本人の対米卑屈さを厳しく批判する一方、アメリカの人種差別や「ウェイ・オヴ・ライフ」の欺瞞性、真珠湾やナチスのユダヤ人虐殺になぞらえたアメリカ批判をも展開していた点を紹介し、江藤の対米認識の両義性と一貫した「存在」への関心を強調している。
【参考文献】
江藤淳『アメリカと私』
江藤淳『文学と私・戦後と私』
江藤淳『閉された言語空間』
エドマンド ウィルソン『愛国の血糊』
加藤周一『読書術』
『日本古典文学大系』
折口信『日本文学史ノート』
【キーワード】
『アメリカと私』/プリンストン留学/加藤周一/ヴィリエルモ神父/日本文学の英訳紹介/原爆と沖縄への視座/ウェイ・オヴ・ライフ/アメリカの人種差別/真珠湾とナチス比較/対米認識の両義性
