考察・保守主義「左からも右からも愛された怪物」
【概要】
社会契約論の系譜においてホッブズが左右双方から評価される稀有な政治哲学者であることを論じる。ロールズが『正義論』でホッブズを重視し、リベラリズムの理論構築に影響を受けた一方、保守思想家バークも『リヴァイアサン』を高く評価しており、ホッブズが党派を超えて偉大な思想家と見なされてきた経緯を確認する。続いて『リヴァイアサン』における「自然状態」論を検討し、ロールズがその虚構性を認めつつも理論構築上必要な装置として活用したことを示す。さらにホッブズの自然法における「平和」と「自由」の二命題を紹介し、平和獲得のためには一定の自由を放棄せざるを得ないという現実主義的な人間観・国家観を論じる。カール・シュミットやオークショットの評価にも触れつつ、道徳を国家秩序維持のための手段とみなすホッブズの合理主義的政治哲学の本質を浮き彫りにしている。
【参考文献】
ジョン・ロールズ『正義論』
エドマンド・バーク『フランス革命の省察』
トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
カール・シュミット『レヴィアタン』
ジョン・ロールズ『政治哲学史講義』
【キーワード】
ホッブズ/『リヴァイアサン』/自然状態/社会契約論/ロールズ『正義論』/リベラリズム/平和と自由の二命題/現実主義的人間観/道徳=秩序維持の手段論
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑭
【概要】
岩田は、江藤淳が高校生の頃サロイヤンの短編小説を翻訳した経験に触れ、江藤の文体はすでにこの翻訳行為の中に「作家は行動する」の萌芽が見られると指摘する。『帰りたいけど帰れない』というテーマについては、夏目漱石『道草』や『帰ってきた男』を挙げ、江藤の描く故郷が単なる懐かしさの対象ではなく、拒否と憧憬が同居する両義的な場所であることを論じる。また、『閉ざされた言語空間』を踏まえ、江藤が占領軍による憲法改正の正体を暴きながらも、故郷である戦後日本そのものには帰れないという構造を持っていたと分析する。さらに『一族再会』における「死を意識する」姿勢に触れ、江藤にとって故郷に錦を飾ることは死や絶対的正義と結びついた行為であり、二・二六事件の青年将校のような「偉い人」の死生観とも通じると述べ、江藤の文学の本質は死にあり、幼少期からその主題にこだわり続けた作家だったと総括している。
【参考文献】
ウィリアム・サロイヤン『故郷へ帰る』
江藤淳『作家は行動する』
江藤淳『閉ざされた言語空間』
江藤淳『一族再会』
江藤淳『フロラ・フロラアヌと少年の物語』
夏目漱石『道草』
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
【キーワード】
サロイヤン/「作家は行動する」/故郷への両義性/帰りたいけど帰れない/『閉ざされた言語空間』/憲法改正への視座/『一族再会』と死/二・二六事件と正義/死を意識する文学/米川正夫
考察・保守主義「それでも国家が好き」
【概要】
国家否定を志向したかに見えるルソーが、実は国家の起源を熱心に構築しようとした矛盾を検証する。まず、政治哲学において国家の存在を無視することは政治論そのものを否定するに等しいとし、ホッブズの『リヴァイアサン』における自然状態論を参照しつつ、ルソーもまた社会契約論という枠組みで国家成立を説明しようとした点を確認する。続いて『人間不平等起源論』を中心に、私有権の発明と法律の制定が人類に不平等と隷従、そして不幸をもたらした過程をルソーが四つの時代区分で描いたことを詳述し、自己保存の感情や「憐れみ」の情に基づく自然人像、文化・文明が人間を堕落させるとする議論を紹介する。最後に、ルソーが自然法と実定法の矛盾に自ら気づきながらも国家の理想像を描き続けた点、ジュネーヴ共和国への献辞に託した理想と現実の乖離を指摘し、ルソー思想の本質的な矛盾を浮き彫りにしている。
【参考文献】
トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』
ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』
【キーワード】
ルソー/国家否定と国家構築の矛盾/ホッブズ/『リヴァイアサン』/社会契約論/『人間不平等起源論』/私有権の発明/自然状態・自然人/憐れみの感情/文明堕落論/自然法と実定法の矛盾
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑬
【概要】
江藤の祖父・安太郎が海軍兵学校を首席で卒業した優秀な軍人であり、御前講演で「我皇帝陛下」という呼称を用いていたことに触れ、当時の天皇観が今日とは異なる位置づけだったと指摘する。また祖父・民三郎が「馬鹿者!この戦争は負けだぞ!」と激怒したエピソードを紹介し、江藤が「存在の闇」に踏み込み、祖父の怒りや無念を丁寧に描き出したことを評価する。さらに、江藤淳が民三郎の故郷を訪ね、江藤なりの取材やノンフィクション的手法で文章を書いていた点に触れ、田中角栄が小林秀雄に評価された「生きている文体」を持っていたのに対し、田中の演説には「私」という言葉がまったくなかったと指摘し、政治家の言葉と文学者の言葉の違いを論じる。最後に『一族再会』が第一部で完結し、第二部が書かれなかった理由について、江藤にとって「私」を探究する場所が閉じられてしまったからだろうと考察している。
【参考文献】
江藤淳『一族再会』
江藤淳「帰りなん、いざ」
江藤淳『季刊芸術』
【キーワード】
天皇と「私」/「馬鹿者!この戦争は負けだぞ!」/田中角栄/政治家の言葉と「私」の不在/『一族再会』/「帰りなん、いざ」/ノンフィクション的手法
・維新共同代表・藤田文武×岩田温/保守するための解散総選挙
・考察・保守主義「思想家ルソーの建前と本音」
【概要】
ルソーの言説と実際の行動・本音との乖離を検証する。まずレオ・シュトラウスの「秘教的教え」論を手がかりに、思想家のテキストを読む際には表向きの主張と行間に隠された真意を区別すべきだとする読解方法を提示する。続いて『人間不平等起源論』の献辞でルソーがジュネーヴ共和国を賛美しつつも、実際には理想の共和国像とジュネーヴの現実が乖離していたことを、ルソー全集所収の書簡や献辞本文を通じて詳細に検討する。さらに『ダランベール氏への手紙』において、ルソーが演劇を「文明の堕落」として否定しながらも、自らは劇作家として活動していた矛盾を指摘し、革命を鼓舞しつつも実際には革命の惨状を知れば否定的だったであろう可能性にも言及する。ジュネーヴ共和国が体現すべき六つの理念を列挙しつつ、ルソーの思想の建前と本音の複雑な関係を浮き彫りにしている。
【参考文献】
レオ・シュトラウス『迫害と著述の技法』
ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』
ルソー「ダランベール氏への演劇に関する手紙」
「ペルドリオ(ジュネーヴ共和国牧師)宛の手紙」
【キーワード】
ルソー/レオ・シュトラウス/秘教的教え(エソテリックな読解)/『人間不平等起源論』/ジュネーヴ共和国/建前と本音の乖離/ダランベールへの手紙/演劇批判と劇作活動の矛盾/理想の共和国像/革命への両義的態度
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑫
【概要】
江藤淳が学術論文とは異なり「私」という言葉を用いた著作を数多く書いてきたことを指摘し、江藤にとって「私」とは時代や歴史、社会に投影されるものであり、単なる自叙伝的関心ではないと論じる。『一族再会』を取り上げ、江藤が母方の祖母や祖父の生涯を通じて薩長史観に対する反発を描いていた点に注目し、勝者の記録である「正史」からは捉えられない「存在の闇」を、敗者側である佐賀・薩摩の視点から掘り起こそうとした試みだと評価する。また、江藤が三島由紀夫と対比しつつ、自らのルーツを探る作業を続けていたことを紹介し、小林秀雄と中原中也の対比についても、江藤が小林の都会的洗練と中原の望郷的な感性を意識しながら自らの文業を形成していたと指摘する。江藤の「私」の探究は、単なるエッセイの域を超え、歴史や伝統との対話そのものだったと総括している。
【参考文献】
江藤淳『一族再会』
江藤淳『小林秀雄』
中原中也『山羊の歌』
【キーワード】
『一族再会』/「私」の探究/存在の闇/佐賀の乱/薩長史観への反発/敗者からの歴史/小林秀雄/中原中也都会と望郷/歴史と伝統への対話
・考察・保守主義「狂気の思想家ルソーの妄想」
【概要】
ルソーの『人間不平等起源論』を中心にその思想の根本的な誤りを検証する。ルソーが想定した「自然状態」や理想化された「自然人」は歴史的事実に基づかない妄想であり、性欲や睡眠欲のみを持ち家族すら形成しない動物的人間像は破綻していると指摘する。さらに「所有こそが諸悪の根源」とするルソーの文明否定論を、S・スマイルズ『自助論』や勤勉・所有権を肯定する常識的知見と対比し、その反知性的性格を批判する。ヴォルテールの反論やポル・ポトによるカンボジアでの文明破壊・大量虐殺の実例を挙げ、ルソーの思想が全体主義的な破壊衝動に直結する危険性を論じる。最後に、ルソーが人間を「善でも悪でもない」憐みの情の存在とみなした点はキリスト教的道徳や文明を全否定するアナーキズムに帰結し、ロベスピエールら革命指導者に受け継がれたことを示している。
【引用文献】
ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』
ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』
サミュエル・スマイルズ『自助論』
ステファヌ・クルトワ『共産主義黒書』
バーナード・デ・マンデヴィル『蜂の寓話』
トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
【キーワード】
ルソー/『人間不平等起源論』/自然状態・自然人/所有権の否定/文明否定論/ポル・ポトとカンボジア/憐みの情/アナーキズム的破壊衝動/ロベスピエールへの継承/反知性主義的人間観
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑪
【概要】
江藤淳と吉本隆明の対談「吉本隆明/江藤淳 全対話」を巡り、両者ともに家族や友人の倫理と政治の論理を混同せず、対立を避けようとする姿勢に共通点があると指摘する。江藤の対談における「私は保守です」という発言と、吉本の「私は左翼です」という発言を対比しつつ、二人の対話の柔らかさこそ「海は青い」を成立させる基盤だったと論じる。またニーチェの「ラクダ・ライオン・小児」の比喩を引きながら、丸山眞男らの戦後民主主義的知識人がライオンの段階に留まり、新しい価値を創造する小児の段階に至れなかったことを批判する。さらに、GHQの検閲研究における江藤の先駆性を強調し、丸山眞男の分析が江藤に比べ単純だったと述べる。最後に、暴力と秩序をめぐって、江藤と吉本がともに暴力を全面否定せず、秩序形成における暴力の不可避性を直視していた点、そしてドストエフスキー『罪と罰』を通じて人間の暴力性や絶望に向き合う姿勢に触れ、江藤の思想の奥深さを称賛している。
【参考文献】
江藤淳・吉本隆明『吉本隆明江藤淳全対話』
江藤淳『閉ざされた言語空間』
江藤淳「わが友ヒットラー」フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはこう語った』ドストエフスキー『罪と罰』
永山則夫『無知の涙』
【キーワード】
吉本隆明/海は青いか/ラクダ・ライオン・小児/丸山眞男/GHQ検閲研究/暴力と秩序/天皇制と暴力/『罪と罰』/人間の暴力性/自己懐疑と自己欺瞞
・黙れ!橋下徹
・考察・保守主義「なぜ近代にこだわるのか」
【概要】
大量虐殺を招いた原動力としてルソーの近代的自我崇拝を再検討する。まずチャールズ・テイラーの『自我の源泉』を手がかりに、キリスト教的原罪や呪縛からの解放を志向する「近代」概念そのものが西洋思想史の産物であることを示し、ルソー『新エロイーズ』を、キリスト教の性道徳や結婚制度への反逆、自然を神格化する思想の書として読み解く。続いて日本の防人歌や戦没学生の遺した歌を引用し、近代的自我とは異質な、家族や祖国への献身を美しいとする日本古来の精神を対置する。さらにハイデガーの政治参加やナチス加担にも触れつつ、近代思想の危うさを論じ、最後にマキャヴェリの宗教統治論を援用しながら、ルソーの著作が革命家の「正義」への過信を生み、大量虐殺を正当化する土壌となった構造を明らかにしている。
【参考文献】
チャールズ・マーグレイヴ・テイラー『自我の源泉』
ジャン=ジャック・ルソー『新エロイーズ』
『保田與重郎全集』第十七巻
「あづさゆみ」
『大東亜戦争詩文集』
マルティン・ハイデッガー『形而上学入門』
『旧約聖書』
ニッコロ・マキァヴェッリ『ディスコルシ』
【キーワード】
近代的自我/チャールズ・テイラー『自我の源泉』/ルソー『新エロイーズ』/キリスト教への反逆/自然崇拝/特攻隊/ハイデガー/マキャヴェリの宗教統治論/正義への過信/イデオロギーと大量虐殺
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑩
【概要】
江藤淳が三島由紀夫『鏡子の家』を石原慎太郎『太陽の季節』に重ねながら批判したエッセイに触れ、三島自身も同作の失敗を認めていたと紹介する。また三島の自決について、江藤が『ごっこ』と評した点を巡り、小林秀雄との対談で二人がまったく異なる評価を示していたと指摘し、江藤の批判が三島の作品にある「美しさ」を否定するものではなく、むしろその美的完成度と現実生活との乖離を鋭く突いたものだったと論じる。さらに、江藤自身が靖国懇話会に参加するなど政治参加を実践していた点を挙げ、三島の自決を短いスパンでは「下策」、長いスパンでは歴史を動かす行動として評価が変わり得ると述べ、西郷隆盛の西南戦争を100年後の視点で評価した『南洲残影』を引き合いに、歴史的行為の意味は時間の経過とともに変わることを強調している。最後に、文学者は自殺しうるが学者は自殺しないという違いに触れ、学者は歴史や資料と対決し続けるべき存在だと結論づけている。
【参考文献】
江藤淳「ヒットラーのうしろ姿」
江藤淳『閉ざされた言語空間』
江藤淳『南洲残影』
三島由紀夫『鏡子の家』
三島由紀夫『金閣寺』
三島由紀夫『憂国』
三島由紀夫『わが友ヒットラー』
石原慎太郎『太陽の季節』
【キーワード】
『鏡子の家』批判/石原慎太郎/三島の自決/小林秀雄/靖国神社参拝問題/『閉ざされた言語空間』/『南洲残影』/西郷隆盛/短期と長期の政治的見方/文学者と学者の自殺観
