岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑯
【概要】
江藤淳が丸谷才一の小説『裏声で歌へ君が代』を高く評価し、丸谷との親交を通じて自著『自由と禁忌』でも詳しく論じていたことを紹介する。丸谷が国家や死をエリート層に押しつけながら、大衆にはそれを求めないという構造を鋭く描いた点、また占領軍民間検閲支隊(CCD)の検閲方針を「裏声で歌へ君が代」の枠内に取り込み、戦後日本のリアリティを問い直した点を評価する。さらに、江藤自身が政治評論において「答えのない問い」を考え続けた作家であり、梨田や田辺元らの国家論を通じて、戦時中エリート層が特攻隊員らに死を求めながら自らは安全な場所に留まっていた欺瞞を批判していたと指摘する。加えて、丸谷や江藤が純文学と大衆文学、あるいは国家と個人の関係をめぐる本質的な問いを、答えの出ない形のまま提示し続けた点にこそ、両者の文学的誠実さがあると論じている。
【参考文献】
丸谷才一『裏声で歌へ君が代』
江藤淳『自由と禁忌』
江藤淳『閉ざされた言語空間』
プラトン『国家』
【キーワード】
『裏声で歌へ君が代』/丸谷才一/答えのない問いを考え続ける/CCD(占領軍民間検閲支隊)/エリート層と大衆の欺瞞/純文学ごっこ/国家と死/田辺元の国家論/政治評論の本質/文学的誠実さ
高市早苗vs. 抵抗勢力 国旗損壊罪、憲法改正の行方
考察・保守主義「国家は誰が守るのか」
【概要】
レオ・シュトラウスによるホッブズ政治学の画期的解釈を検討する。まずシュトラウスが『ホッブズの政治学』などで示した、ホッブズを分解的方法論に基づき近代政治哲学の始祖と位置づける独自の解釈を紹介し、その方法論をガリレイの物理学の分解・合成法に由来するものと説明する。続いてホッブズ道徳論の根源を「暴力による死への恐怖」に見出すシュトラウスの読解を示し、これが自己保存という理性的な原理から発する新しい道徳であったと論じる。さらに晩年のホッブズが「貴族の徳」を批判し、暴力的な死への恐怖にこそ道徳の源泉があるとした点、ブルジョワ的な新しい価値観への転換を体現していた点を指摘する。最後に、ホッブズの政治学が「暴力的な死への恐怖」と「自然権」という相矛盾する要求を同時に内包しているという最大の矛盾を、シュトラウスの分析を通じて明らかにしている。
【参考文献】
レオ・シュトラウス『ホッブズの政治学』
アラン・ブルーム『アメリカン・マインドの終焉』
マイケル・オークショット『リヴァイアサン序説』
トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
【キーワード】
レオ・シュトラウス/ホッブズ政治学の分解的解釈/ガリレイの科学方法論との類比/暴力による死への恐怖/自己保存の道徳/貴族の徳への批判/ブルジョワ的価値観/自然法と自然権の矛盾/『リヴァイアサン』/国家成立の道徳的根拠
佐賀市天神のアバンセホールで開催された「第192回佐賀土曜セミナー」に講師としてお招きいただきました。
「高市政権で国難を突破しよう」と題し講演いたしました。
たくさんのお客様に足をお運び頂き誠に有難うございました。また、拙著お買い求めいただき厚く御礼申し上げます。多くの皆様に直接お目にかかることができ、充実した1日を過ごせました。
改めて、佐賀土曜セミナー主催者関係各位に御礼申し上げます。
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑮
【概要】
江藤淳が善悪二元論を厳しく批判し、ドストエフスキー『罪と罰』を例に、貧しい老婆とその孫娘を殺害したラスコーリニコフを単純に「罰しろ」とする読者の浅薄さを指摘していた点を紹介する。江藤にとって人間は善悪では語れない存在であり、それゆえ改憲派・護憲派双方の政治的立場を安易に断罪する姿勢を戒めていたと論じる。また、江藤の政治評論について、細川護熙政権(1994年)を論じた「政治家の顔」が優れた例であり、江藤は政治家の表情や仕草から権力欲や資質を読み解く独自の観察眼を持っていたと評価する。さらに、権力闘争そのものを否定的に見るのではなく、政治にとって権力争いは本質的なものであるという江藤の現実主義的な政治観を強調し、記者や学者が政治評論に安易に参入する風潮を批判しつつ、江藤ほど政治家の「顔」を通じて時代状況を読み解いた評論家はいないと総括している。
【参考文献】
ドストエフスキー『罪と罰』
江藤淳『一族再会』
アラン・ブルーム『アメリカン・マインドの終焉』
シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』
シェイクスピア『ヴェニスの商人』
シェイクスピア『オセロー』
【キーワード】
善悪二元論批判/『罪と罰』/ラスコーリニコフ/細川連立政権論/権力闘争の本質/改憲派・護憲派への戒め/政治評論家としての観察眼/記者・学者の政治参入批判/権力と人間性/現実主義的政治観
考察・保守主義「左からも右からも愛された怪物」
【概要】
社会契約論の系譜においてホッブズが左右双方から評価される稀有な政治哲学者であることを論じる。ロールズが『正義論』でホッブズを重視し、リベラリズムの理論構築に影響を受けた一方、保守思想家バークも『リヴァイアサン』を高く評価しており、ホッブズが党派を超えて偉大な思想家と見なされてきた経緯を確認する。続いて『リヴァイアサン』における「自然状態」論を検討し、ロールズがその虚構性を認めつつも理論構築上必要な装置として活用したことを示す。さらにホッブズの自然法における「平和」と「自由」の二命題を紹介し、平和獲得のためには一定の自由を放棄せざるを得ないという現実主義的な人間観・国家観を論じる。カール・シュミットやオークショットの評価にも触れつつ、道徳を国家秩序維持のための手段とみなすホッブズの合理主義的政治哲学の本質を浮き彫りにしている。
【参考文献】
ジョン・ロールズ『正義論』
エドマンド・バーク『フランス革命の省察』
トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
カール・シュミット『レヴィアタン』
ジョン・ロールズ『政治哲学史講義』
【キーワード】
ホッブズ/『リヴァイアサン』/自然状態/社会契約論/ロールズ『正義論』/リベラリズム/平和と自由の二命題/現実主義的人間観/道徳=秩序維持の手段論
岩田温×山崎行太郎 今こそ「江藤淳」を読み返す⑭
【概要】
岩田は、江藤淳が高校生の頃サロイヤンの短編小説を翻訳した経験に触れ、江藤の文体はすでにこの翻訳行為の中に「作家は行動する」の萌芽が見られると指摘する。『帰りたいけど帰れない』というテーマについては、夏目漱石『道草』や『帰ってきた男』を挙げ、江藤の描く故郷が単なる懐かしさの対象ではなく、拒否と憧憬が同居する両義的な場所であることを論じる。また、『閉ざされた言語空間』を踏まえ、江藤が占領軍による憲法改正の正体を暴きながらも、故郷である戦後日本そのものには帰れないという構造を持っていたと分析する。さらに『一族再会』における「死を意識する」姿勢に触れ、江藤にとって故郷に錦を飾ることは死や絶対的正義と結びついた行為であり、二・二六事件の青年将校のような「偉い人」の死生観とも通じると述べ、江藤の文学の本質は死にあり、幼少期からその主題にこだわり続けた作家だったと総括している。
【参考文献】
ウィリアム・サロイヤン『故郷へ帰る』
江藤淳『作家は行動する』
江藤淳『閉ざされた言語空間』
江藤淳『一族再会』
江藤淳『フロラ・フロラアヌと少年の物語』
夏目漱石『道草』
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
【キーワード】
サロイヤン/「作家は行動する」/故郷への両義性/帰りたいけど帰れない/『閉ざされた言語空間』/憲法改正への視座/『一族再会』と死/二・二六事件と正義/死を意識する文学/米川正夫
